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岡山地方裁判所津山支部 昭和45年(ワ)151号 判決

原告 橋本松枝

右訴訟代理人弁護士 柴田治

被告 瀬島包子

同 森本守

右両名訴訟代理人弁護士 横林良昌

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各金五〇〇万円及びこれらに対する昭和五〇年六月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二主張

一  請求原因

1  原告は津山市南町一丁目五三番宅地二七坪八合二勺(九一・九六平方メートル、以下本件土地という。)を所有しているが、昭和四〇年一二月ころ本件土地上に鉄筋コンクリート造地下一階地上三階建建物(以下本件建築予定建物という。)の建築に着工(以下本件建築工事という。)した。

2  ところが、コンクリート基礎工事の段階で、同月一三日に被告瀬島が、同月二〇日に被告森本がそれぞれ申請人(以下被告という。)となり原告を被申請人として(以下原告という。)津山簡易裁判所に本件建築工事禁止の仮処分を申請し、そのころそれぞれ本件建築工事の禁止を命ずる仮処分決定を得て執行したため、本件建築工事はコンクリート基礎工事の段階で強制的に中止させられた。

3  被告瀬島の仮処分申請の理由は原告の本件建築予定建物の建築によって原告もその存在を認める同被告が本件土地のうち別紙図面赤斜線部分に有している通行権が侵害されるというのであり、被告森本の仮処分申請の理由は原告は本件建築予定建物を本件土地とそれに隣接する同被告所有土地との境界線から離して建築すべきであるにかかわらず、原告の本件建築工事は民法二三四条一項に違反して建築しつつあるというものであった。原告はいずれの仮処分決定に対しても異議の申立をして被告らとの間でそれぞれ係争した結果、被告瀬島との間の仮処分異議訴訟については昭和四二年三月一六日に、被告森本との間の仮処分異議訴訟については同年五月三一日にいずれも被告らの各仮処分申請は理由がないとして右仮処分決定を取り消し、被告らの各仮処分申請を却下する旨の判決が言渡され、右各判決は控訴の提起がなく確定した。

4  被告らの右各仮処分の申請及び執行は各被保全権利および保全の必要がないのにもかかわらず、故意又は少くとも過失によりそれらが存在するものと誤認してなされたもので違法なものであり、被告らはそれぞれ民法七〇九条に基づき、右各仮処分決定の執行によって原告がこうむった損害を賠償する責任を負う。

5  原告は右各仮処分の執行のため本件建築工事をコンクリート基礎工事の段階のまま一年以上の間中止させられたことから、仮処分前になした右コンクリート基礎工事は全然用をなさなくなっており、本件建築予定建物を建築するには再び基礎工事からやりなおさなければならずその費用だけでも八〇万円を要するうえ、当初の建築工事費用見積額が三五〇万円であったのにその後物価騰貴のため現在本件建築予定建物と同一の建物を建築するためにはその建築工事費用見積額は二〇〇〇万円以上にものぼっており、原告は右基礎工事やりかえ費用および建築工事費用の差額相当額の損害をこうむった。

よって、原告は被告らに対し不法行為による損害賠償の一部として各五〇〇万円とこれらに対する昭和五〇年六月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中本件建築予定建物の規模の点は不知、その余の事実は認める。

2  同2、3の事実はいずれも認める。

3  同4は争う。

被告らが本件建築工事禁止の仮処分を申請した理由は次のとおりであり、被告らの右各仮処分の申請及び執行は何ら違法ではない。すなわち、被告瀬島は本件土地に隣接する同所五二番宅地(以下五二番地という。)を被告森本は同所五四番宅地一四坪一合(以下五四番地という。)を各所有しその位置関係は別紙図面記載のとおりで、五二番地は他の土地に囲繞されたいわゆる袋地で本件土地を通行する以外には道路に至らないため、本件土地の前所有者訴外宇佐美光子と五二番地の前所有者訴外山本等子との間で昭和三三年一〇月ころ請求原因3記載の通行権を設定する契約が結ばれ、被告瀬島はそれを承継して本件土地内に右範囲で通行権を有しているところ、原告は本件建築工事により五二番地上の同被告所有建物の出入口の前に大きな穴を掘って右通行権を侵害し、また同被告は原告から本件建築予定建物が完成した際の五二番地から道路に通じる通路について何らの説明もうけなかったため、本件建築予定建物が完成すれば五二番地から道路に通じる通路が閉塞されると考えてやむなく右仮処分を申請し、同仮処分決定を執行したのである。また被告森本は、原告が本件建築工事のため同被告に何らの通告もなく、本件土地のうち五四番地寄り部分を民法二三四条一項に違反して境界線すれすれに五四番地上の同被告所有建物の基礎標名が見えるまで掘り下げ、同建物が傾斜ないし倒壊するおそれが大きくなったため、民法二三四条一項の規定に基づく権利を保全すべく右仮処分を申請したのであって、右仮処分異議訴訟の判決は民法と建築基準法との優先関係を誤った不当なものである。

4  同5は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実は本件建築予定建物の規模の点を除いて当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告が本件土地上に建築を計画した本件建築予定建物は地下一階地上三階建塔屋付鉄筋コンクリート造(壁式)防水モンタルぶきの建物で用途は倉庫及び住居であり、建築面積は六九・四七五平方メートル、延べ面積は二八九・一〇平方メートル(うち各階の床面積六九・四七五平方メートル、塔屋の床面積一一・二〇平方メートル)であることが認められる。

二  請求原因2及び同3の各事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件土地とその周辺土地及び道路との位置関係は別紙図面記載のとおりであること、被告瀬島は五二番地、五五番地三及び同番地四の三筆の土地を所有し、五二番地上と五五番地三、同番地四地上とにそれぞれ建物を所有していること、被告森本は五四番地を所有し、同土地上に建物を所有していること、本件土地と五二番地との境界並びに本件土地と五五番地四土地との境界は被告瀬島所有の右各土地上にある被告瀬島所有建物の各基礎土台の外側線であり、本件土地と五五番地二土地との境界は五五番地四土地との境界線を西方に延長した線であり、本件土地に面して五五番地二土地上にある壁の外側線と一致していること、本件土地と五四番地との境界は同土地上の被告森本所有建物の基礎土台の外側線であることが認められ、≪証拠省略≫中、右認定に反し、被告森本所有建物が東方向に約一坪本件土地内にはみ出しているという部分は俄かに採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、≪証拠省略≫によれば、被告瀬島が得た仮処分決定は津山簡易裁判所昭和四〇年(ト)第四三号事件として同年一二月一四日に決定され、原告に対して別紙図面赤斜線部分(三坪三合三勺)における本件建築工事の禁止を命じたものであり、原告の異議申立により同庁同年(サ)第三二八号事件として審理されたことが認められ、≪証拠省略≫によれば、被告森本が得た仮処分決定は同庁同年(ト)第四四号事件として同年一二月二一日に決定され、原告に対して同図面青斜線部分(四合一勺)における本件建築工事の禁止を命じたものであり、原告の異議申立により同庁昭和四一年(サ)第八一号事件として審理されたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

三  そこでまず被告瀬島の右仮処分申請および仮処分決定の執行が不法行為を構成するかについて判断する。

被告瀬島の申請にかかる仮処分決定が別紙図面赤斜線部分に有する通行権を被保全権利とするもので、同申請に基づき仮処分決定がなされたことおよび同決定が異議訴訟判決で取り消され同判決が確定したことは当事者間に争いがないところであり、なるほど同被告が主張の通行権を有していたことは当事者間に争いがなく、従って右仮処分は被保全権利において欠けるところはないが、すすんで保全の必要性について検討するに、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

すなわち、

1  原告は本件土地上に建物を建築するについて最初の設計では五二番地から道路に通じる通路がなくなるため被告瀬島との間で通行権が問題となったことから、建物の設計をやり直すこととし、改めて通路を設定した本件建築予定建物の設計を一級建築士訴外片岡博に依頼したこと、

2  右片岡の作成した本件建築予定建物の設計図によると、本件建築予定建物は本件土地のうち道路に面した部分を明けてほぼ本件土地一杯に建てられる予定であったが、その地階北側部分に本件土地と五五番地二、四土地との境界線に沿って五二番地から道路に通じる通路が設計されており、右通路は幅員一・四メートル、高さ約二・五メートル、長さ九・八メートル、モルタル塗り仕上げでトンネル様式の直線通路であり、西端部に七段の階段を設置して道路に出入りするようになっていること、

3  本件土地は道路面よりも低いため右通路は本件建築予定建物の地階を通って階段により道路に出る、トンネル様式の構造となっているが、両出入口から光線が射し込む筈で特別照明を必要とするほど暗くはないと見込まれていたこと、

4  原告は右設計図に基づき本件建築予定建物について建築主事の建築確認を得たうえで、訴外植月裕に建築工事を請け負わせ更に訴外田中登が基礎工事の下請けをして着工したが、その際原告の夫である訴外橋本嘉及び右田中はあらかじめ被告瀬島に対し設計図を示して本件建築予定建物内に五二番地から道路に通じる通路が確保されていることを説明していること、甲五号証の一のうち方位の記入は検証の結果にてらして誤りと認められるので採用できず、また≪証拠省略≫中以上認定の事実に反する部分は採用しない。

右事実によれば、本件建物が完成しても五二番地から道路に通じる通路は確保されており、右完成後の通路と従前の通行権の範囲の対比および原告側の本件土地利用を合せ考えるとき、被告瀬島は右通路で満足すべきであるとするのが衡平の理念から相当で、同被告の有する前記通行権は本件建築予定建物が完成しても侵害されることはないというべきである。また建築工事中通行にある程度支障をきたすとしてもそれは建物建築工事の性質上やむをえないところであり、特段の事情のない限り通行権者においても受忍すべきであるところ、本件建築工事現場の写真であることについて当事者間に争いのない乙六号証の一ないし八によればその本件建築工事により五二番地から道路に出るに際し、多少の不便は認められなくはないが道路に出られないという状態ではなくこの程度の支障では通行権者の受忍すべき限度を超えてはいない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

従って、被告瀬島の申請した本件建築工事禁止の仮処分は保全の必要性を欠き、同被告は前記のとおり事前に通路の設置について説明をうけていたのであるから通行権を保全する必要性があると誤認し仮処分申請をした点に少くとも過失があったものというべく、同被告のかかる仮処分の申請及び執行は不法行為を構成するというべきである。

四  次に被告森本の本件建築工事禁止の仮処分申請および仮処分決定の執行が不法行為を構成するかについて判断する。

被告森本の申請にかかる右仮処分が民法二三四条一項の規定に基づき五四番地と本件土地との境界線から五〇センチメートル以内に建物を建築しないように求める権利を被保全権利とするもので、同申請に基づき建築禁止の仮処分がなされたことおよび同決定が異議訴訟判決で取り消され同判決が確定したことは前記のとおり当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫によれば本件土地は準防火地域にあり本件建築予定建物は鉄筋コンクリート造(壁式)で外壁がモルタルの建築基準法にいう耐火構造の建築物であることが認められ、従って本件建築予定建物の建築については同法六五条が適用されるところ、≪証拠省略≫によれば被告森本の申請によりなされた仮処分決定の異議訴訟判決における取消理由は建築基準法六五条が民法二三四条一項に優先して適用せらるべきであるというものであることが認められる。

ところで、民法二三四条一項と建築基準法六五条との関係については従来から建築基準法六五条は民法二三四条一項の適用を排除する特則であるとする説と両者はそれぞれ目的を異にする規定であるから無関係であり、建築基準法六五条が適用される場合でも隣地所有者の承諾があるかもしくは異なる慣習がない限り民法二三四条一項により境界線から五〇センチメートル以上の距離を保持して建物を建築しなければならないとする説とがあり、学説、下級審裁判例ともいまだに両説に分かれて帰一するところがない現状である。

そして、≪証拠省略≫によれば原告は本件建築予定建物を前記認定の本件土地と五四番地の東側部との境界線に殆ど接して建築しようとし基礎石構築のため掘りおこした穴により五四番地上の建物の基礎石が露出する状況であったことが明らかである。

以上のような事情のもとにおいては、被告森本が民法二三四条一項の規定に基づく権利を有し、それを保全する必要があるとして右仮処分を申請したのはまさにやむをえなかったことといわざるをえず、結局右仮処分決定が異議訴訟判決において前記理由で取り消されたにしても被告森本の右仮処分の申請および仮処分決定の執行に際し被保全権利の不存在について故意は勿論過失があったとはいえない。

従って被告森本の右仮処分の申請及び仮処分決定の執行は不法行為とはならないから、原告の被告森本に対する本訴請求はその余の争点について判断するまでもなく理由がない。

五  そこで翻って被告瀬島の前記不法行為と原告主張の損害との間の因果関係について考察すると、仮に被告瀬島が本件建築工事禁止の仮処分を申請していなかったとしても、結局は被告森本の申請にかかる本件建築工事禁止の仮処分によって原告は本件建築予定建物の設計を一部変更しない限り(弁論の全趣旨によれば設計の変更は認められない。)、本件建築工事を全面的に中止するのやむなきに至り、不法行為たる被告瀬島の申請にかかる仮処分によって本件建築工事を中止させられたことから生ずると考えられるところの損害と少くとも同額の損害をこうむっていたと認められるのである(被告森本の申請した仮処分が取り消された日が被告瀬島の申請した仮処分が取り消された日よりも二ヵ月以上後であることは前認定のとおりである。)から、被告瀬島の不法行為と損害との間の因果関係はこれを否定するほかはない。

以上のとおりで、被告瀬島についてはその不法行為たる本件建築工事禁止の仮処分の申請、執行と原告主張の損害との間の因果関係は被告森本の申請にかかる仮処分によって遮断されていると解されるから、原告の被告瀬島に対する本訴請求もまたその余の争点について判断するまでもなく理由がない。

六  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤壽夫 裁判官 田中俊夫 裁判官濱崎恭生は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 近藤壽夫)

〈以下省略〉

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